森家の食卓から。

今夜はゆっくりと家で食事。
暖かいもので、ほっこりとしたいなぁ、と思い煮込み料理にすることにしました。

「牛肉とキャベツの煮物」

要するに、牛肉とキャベツを入れた鍋に水を注ぎ、三時間ばかりコトコトと煮込んで、最後に塩・胡椒で味つけしたもの。
これだけだと、あまり、ありがたみがありませんが、来歴を聞くと、へぇ、と思うはず。

実は、これ、かの文豪、森鴎外のお家でよくつくられていた料理なのです。

私は、もともと、写真家の秋元茂さんの「無精者シチュー」というのが大好きで、よく作っていました。塩・胡椒した豚バラの角切りの、脂身の方を下にして鍋底にしきつめ、その上にキャラウェイ・シードを振りかけて、弱火で煮込む、といったものなのですが(もちろん、これも絶品)、それを知り合いの作家さんに話したところ、「森鴎外の家にも、おなじようなレシピがあるんですよ。牛肉で」、と言って、鴎外の娘である森茉莉のことが書かれた『森 茉莉 贅沢貧乏暮らし』という本を貸してくださいました。

森茉莉―贅沢貧乏暮らし

森茉莉―贅沢貧乏暮らし

読んでみると、たしかに載っている。
しかも、解説によれば、鴎外はドイツから帰国の折りに、レクラム文庫(あの、ドイツ語を学んだことのある者なら、必ず一度は憧れる、おさまりの悪い小さな文庫本!!)の料理本を買い込んで、母や妻に翻訳して、作り方を指南したとか。
そして、娘の森茉莉とっては、幼いころ、家で食べた洋食のなかで、一番美味しくて忘れられなかった料理。

ぜひ、時間のあるときに、一度はつくらねばと思っていたことを、今晩、決行したというわけです。

「スープをたっぷりとって、キャベツと牛肉をいただくのだけれど、そのキャベツのおいしかったこと、子供のわたしでもよくわかったわ」と森茉莉が、回想するように、三時間も煮込んだキャベツはトロトロ。牛肉もホロホロ。ロシアの「シチー」を思い起こさせるのだけれども、材料はキャベツと牛肉だけで味も塩・胡椒だけなので、より素朴で優しく、そして何よりも白いごはんに合う。

ドイツではもちろんザウアークラウトの入ったレシピもあっただろうに、当時の日本ではなかなか手に入らなかっただろうから、鴎外は、ただのキャベツを使ったものを選んだのかしら。


ともかくも、身体も心も暖まりました。
鴎外はお医者さまでもあるから、身体によいに違いないはず。
この100年も前の料理が、今日から我が家の定番料理です。